「失礼します。」
そう言って、ボスの部屋に入ったのがそもそもの間違いだった。
紙飛行機
こつん、と額に何か当たる音がした。
獄寺は足下に落ちたそれを拾い上げ、まさに絶句した。見た目はただの紙飛行機。でも、その紙に書かれているイタリア語の長々とした文はまさか…
「じゅ…十代目…?」
「やほ、隼人」
おそるおそる綱吉を見れば、綱吉は楽しそうに微笑んで軽く手を振っていた。
そして彼が座っている前の机には、数個の紙飛行機と、大事な書類の山が。
獄寺はサー、と血の気がひき、急いでくしゃくしゃになった紙の文字に目を通す。そして予感が当たってしまったことに心底後悔した。――それはまさに、ボンゴレの重要機密が書かれている紙だった。つまり、机の上の紙飛行機も大事な書類のどれかのなれの果てなのだろう。
「じゅじゅじゅ…十代目…?!な、なにをやっているんですか?!」
「あははー、隼人どもりすぎ」
けらけらと笑う綱吉とは間逆に、獄寺は冷や汗をかいた。こんな重要な紙を折り紙にしてしまったとリボーンが知ったら……。
冷静さを取り戻すために深呼吸すると、綱吉に早足で近寄った。さすがの獄寺でも説教しないわけにはいかない。
「十代目!重要な書類で紙飛行機を作る暇があるならばその紙にサインをしてください!」
「えー…だって一日中やってたからもう飽きた」
まるで子供のように駄々をこねる綱吉を見て、獄寺はため息をついた。
とにかく、リボーンが来る前にどうにかしなければ。
「じゅうだい「「キスしたら、仕事する」
ぷい、とそっぽを向く綱吉を見て、獄寺は声を荒らげた。
「十代目!いい加減にしてください!」
「だって…」
「だってもなにもありません!とにかく今日中に仕事は終わらせてくださいよ?」
「うえー…」
自業自得です。そう言うと獄寺は背を向け出ようと歩き出した。
正直な話、キスという単語に揺れ動いた。それでも今は仕事中。今日には絶対終わらせなければならない書類の山。さらに、紙飛行機の山。ましてや…己は部下、彼は我らのボスなのだ。とうていキスなどできそうにない。
綱吉はいつでも部下として距離を置く獄寺に嫌な顔をしていた。しかし、いくら恋人と言えども仕事中に恋人の顔を見せることなど出来ない。獄寺としては当たり前の判断だった。たとえそれで綱吉の機嫌を損ねようとも。
「いいですか、十代目!今は仕事中なのです。もしリボーンさんに見つかってみてください!どうなると思うのですか?」
「見つからなければキスしていいの?」
「~~~!!そういう問題じゃありません!」
獄寺は頬が熱くなるのを感じた。こういう話題は苦手だ。
そんな獄寺を見て、綱吉はふ、と急に大人びた笑みを浮かべた。
「隼人、可愛い」
油断、した。
気が付けば綱吉は席から立ち、獄寺の目の前まで迫っていた。
ちゅ、と軽く、獄寺の唇に綱吉の唇が触れた。
思考が追いつかない。今は仕事中…でも、でも、
「さわ、だ…さん」
「いい子だ、隼人」
口に舌が入ってくる感触がした。ざら、と触れあう。心地よい。
獄寺は無意識に目を閉じていた。仕事なんてどうでもいい。沢田さんと一緒に居たい。そんな思いが駆けめぐる。
しかし、
「はい。」
「……え、」
不意に離れた熱に獄寺は目を開けた。
目の前にある顔に再び赤面しそうにしながら、獄寺は綱吉を見た。
「約束通り仕事をするよ」
にこ、と微笑む綱吉に思わず不服そうな顔をしそうになり、獄寺は急いで顔を背けた。これではさっきまで説教した自分の立場がないではないか。
だが、正直もっと触れあいたかった。仕事が忙しかったためか、かなり久しぶりのキスだったのに。
「隼人、」
「あ、はい!」
急に声をかけられて、獄寺は急いで綱吉に顔を向けた。すると、言われたとおりきちんと座り直してペンを持っている綱吉が、優しく微笑んでいた。
ころころ変わる綱吉の表情に困惑しながらも、大人びた笑みに気を取られてしまいそうだ。
に、と綱吉が悪戯っぽく微笑んだ。
「続きは、今夜ね?」
END